大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和40年(ワ)3997号 判決 1966年11月21日

原告(反訴被告) 大博昆布株式会社

右代表者代表取締役 高垣信輝

右訴訟代理人弁護士 山口伸六

同 板持吉雄

被告(反訴原告) 日本乾燥塩昆布商工業協同組合

<ほか二名>

右被告等訴訟代理人弁護士 菅生謙三

主文

一、昭和四〇年(ワ)第三、九九七号事件(本訴)について。

原告が、別紙一記載の特許権につき別紙三記載の加工法による乾燥塩昆布の製造販売の範囲内において先使用による通常実施権を有することを確認する。

訴訟費用中本訴につき生じた部分は被告らの負担とする。

二、昭和四〇年(ワ)第四、四七四号事件(反訴)について。

反訴原告の請求を棄却する。

訴訟費用中反訴につき生じた分は反訴原告の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

第一、被告ら三名(そのうち、日本乾燥塩昆布商工業協同組合は被告兼反訴原告)が、別紙一記載の本件第二七八、七五三号の特許発明の共有特許権者であり、その特許請求の範囲の記載が別紙二のとおりであること、原告兼反訴被告(以下単に原告という)が現に別紙三記載の乾燥昆布の加工法を用いて乾燥塩昆布の製造販売をしていることは当事者間に争いがない。

第二、本件特許発明の技術的範囲は、成立に争いない甲第一号証(本件特許公報)の発明の詳細なる説明の項の記載からみて、別紙二に記載するとおりであると認められる。被告株式会社小倉屋昆布店代表者山本利助本人は、本件特許にいう含浸乾燥とは昆布を煮詰め、蒸し込んだのちの乾燥工程において、完全に乾燥する一歩手前の段階でグルタミン酸ソーダ、塩化ナトリュム、繊維素グルコール酸ソーダの微粉末をまぶして乾燥を完成する方法であり、乾燥方法は、乾燥器の中で一分間に三回の熱風交換をしながら六時間乾燥することが必要であり、右乾燥技術、乾燥装置によってはじめて本件特許の含浸乾燥が可能であると供述する。しかし、右の意味の含浸乾燥なる言葉は当業者が一般に専門語として用いるものではなく、本件特許出願にあたり、初めて使用した用語であることは右被告会社代表者本人が供述するところであり、前顕本件特許公報(甲第一号証)には含浸乾燥の意味につきなんら詳細なる説明の記載がなく、乾燥方法については、その詳細なる説明の項に実施の一例として、「翌日これ(煮詰め、蒸し込みが終り、籠に容れて残液をたらした昆布)を縦七七cm、横四五cm、深さ四cmの木製セーロ一二枚に容れ、高さ一六〇cm、奥行一〇七cm、横一二一cmの煉瓦積の乾燥装置を用い、最高一八〇度C、最低一〇〇度C、炉内湿度三五度C内外(熱風交換一分間三回)で乾燥す」と記載し、特許請求の範囲には「低温にて乾燥し、これにグルタミン酸ソーダ、塩化ナトリウム、繊維素グルコール酸ソーダの微粉末をまぶし含浸乾燥する」と記載してあるだけである。

右の事実によると、被告会社代表者本人の右供述はむしろノーハウ的なものと解すべく、本件特許の技術範囲には関係がなく、これに関する前記認定を左右するものではないと考える。

第三、原告が現に用いている別紙三の方法を本件特許の技術的範囲と対比すると、前者は後者の技術的範囲内に属すると認められる。

第四、そこで、原告主張の先使用について検討する。

本件特許は旧法(大正一〇年法律九六号)施行中に出願された新法(昭和三四年法律一二一号)施行の日である昭和三五年四月一日以後に公告、登録がなされたものである。この場合の先使用の要件等について直接規定したものはない。しかし、特許の先使用の制度は特許出願時に善意にその技術を実施しているものは出願人に特許権が賦与せられた場合でも、なお従来通り実施を継続することができるという公平の観念から認められているものと解すべきであるから、先使用の要件は、新法施行時係属中の特許手続につき、なお従前の例による旨定めた特許法施行法二〇条の規定の趣旨に則り、旧法三七条によると解するのが相当である。

よって、本件についてみるに、≪証拠省略≫によると、次の事実が認められる。

高垣信輝は大正四年頃から昆布の加工販売業を営み、常に商品の開発研究等に留意していたが、大正七、八年頃母からその郷里の鳥取では農家が昆布を煮詰めて、その汁を切ったのち、これに塩をまぶして塩昆布を造ることを聞き、これにヒントを得て、乾燥塩昆布なるものを考えてこれを製造し「汐衣」という名称をつけて販売していた。

昭和二八年一二月二二日右高垣はその営業を会社組織にするため、原告会社を設立して自らその代表者となり爾来原告会社はその事業として高垣の従来の個人営業を継続して来た。その乾燥塩昆布の製法は、夏と冬とでは昆布を煮詰める時間に多少変動はあるが、遅くとも昭和三二年頃には大体別紙三のとおりであって、その後変更はなく原告会社は昭和三二年の近畿水産加工たべもの展に前記方法により、製造した乾燥塩昆布「汐衣」を出品し、水産庁長官賞を得た。(原告が「汐衣」について水産庁長官賞が与えられたこと自体については争いがない)

右認定事実を左右するに足る証拠はない。

そうすると、原告会社は本件特許出願の昭和三四年六月二日の際には現に善意に国内において、その特許請求の範囲に属する別紙三の方法を用いて、乾燥昆布の製造販売の事業をなしていたと認めるべきであるから、旧法三七条所定の要件をみたし、新法七九条により、原告会社は本件特許発明につき、別紙三の方法による製造販売行為の範囲内において先使用による通常実施権を有するものというべきである。

第五、よって、本訴請求は理由があるものというべく、他方反訴請求は爾余の点について判断するまでもなく理由がないものといわざるを得ないから、本訴請求を認容し、反訴請求を棄却し、本訴の訴訟費用の負担について、民訴法八九条、九三条を、反訴の訴訟費用の負担につき同法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大江健次郎 裁判官 池田良兼 森林稔)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例